BASEプロダクトチームブログ

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出来事ベースでお気持ちを話しやすい振り返りワーク「YOT」

こんにちは。BASE BANK 株式会社 Dev Division にて、 Engineering Manager をしている東口(@hgsgtk)です。

弊チームではプロダクト開発のリズムの中で振り返りを継続的に行っていますが、YOT という振り返りワークを作成、使用しています。BASE 社内の他チームでも「YOT っていう振り返り方法があるらしい!」と興味を持ってもらい活用されていたり、社外でもスクラムやアジャイル関連のカンファレンスでの登壇でちらっと紹介した際に「それ良さそう!」と一定の反響がありました。しかし、その一次情報はインターネット上のどこにもない状態でしたので、作成の背景も含めて参考にできる YOT の一次情報をここに記します。

TL;DR

  • 振り返りの場のファシリテーターには、発言量が少なくてうまく場が盛り上がらない、というあるあるな悩みがありますよね
  • 起こったことや思ったこと(お気持ち)を気軽に共有しやすくすることを目的に、YWT をフォークした振り返りフォーマット「YOT(やったこと、思ったこと、次にやること)」を作成、活用しています
  • 「今週はこういうことしたよ!」や「なんかこういうもやもやがあるんだよね〜」というお気持ちを話題に上げるハードルが下がることで、発言量が増える効果がありました

「話題が上げづらい」という課題

以前、@takorattaさんのツイートから「KPT (Keep/Problem/Try) で K があまり出ずに、P ばかりになる」といった課題から振り返り全般におけるみなさんの工夫がシェアされていました。

togetter.com

BASE BANK チームにおいても KPT を利用しており類似した課題がありました。振り返りを日々の仕事に取り入れられている方では共感いただけるとおもいますが、「Keep って何を書いていいのだろうか」といった参加者の迷いで気軽に話題が上がらないといった課題がありました。

これは 2021 年 8 月 13 日に実際に行われた振り返りで作成された miro の付箋です。

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2021 年 8 月 13 日に実際に行われた振り返り

その場ではこのような話の流れがありました。

  • BASE BANK チームの人数が増え、一堂に会する人数が 12 名(2021 年 12 月 01 日時点)
    • 弊チームは 2 つのスクラムチームに分かれていて、それぞれが 2 週間スプリントを回す
    • スクラムチームとしては別れつつも 1 つの BASE BANK チームとしてお互いの境遇を共有するために全体でも振り返りをおこなっていた
  • KPT を利用していたが 「あれ?こういう事書いていいんだっけ?」っていうのが分かりづらいというのが声があがった
    • ex.「チーム外とのコミュニケーションで起こったこと」は自分しか経験してないことだけど書いていいのかしら?
  • レトロスペクティブにはさまざまな経験をしたさまざまな職種の方がクロスする場所なので、スプリント内での経験をたくさん話してほしい!どうすればよいだろうか... ><

以前は人数も少なかったのである程度「愚痴っぽい感じ」とか「起こった出来事」とか「自分だけが出会った境遇でチーム全体ではそんなに関係ないしな」っていうような一見遠い課題も、KPT のワークの中でたくさん話題が上がっていました。

しかし、そこにはチームのなかで暗黙の前提が有ったことに気が付きました。過去の傾向では「自分の身の回りに起こった出来事」や「思ったこと」をカジュアルに Keep や Problem で喋っておりました。長く在籍しているメンバーであればこの傾向を知っており引き継いで振り返りの場に臨みますが、新しく JOIN されたメンバーであれば暗黙知となってるがゆえに戸惑いが発生している状況だと分析しました。

よって、「愚痴っぽい感じ」や「起こった出来事」を話していい場であることを明示的にすることを課題解決の方針としました。

出来事ベースでお気持ちを話しやすい振り返りワーク「YOT」

結論から言うと当チームでは YWT をフォークした YOT という振り返りワークを実施しています。当ブログでは、まず YWT という振り返りワークを紹介し、何を課題と感じてフォークしたのか説明します。こぼれ話として、その過程ではいくつかコミュニティ内でのシェアされている振り返りワークも検討したのでご紹介いたします。

YWT

YWTは日本能率協会コンサルティング(JMAC)が開発した日本出自の振り返りワークです。Y が「やったこと」、W が「わかったこと」、T が「次にやること」の略です。

当ワークは様々な振り返りの現場で活用されており、後ほど紹介する FDL(Fun / Delivery / Learn)や WLT(Win/Learn/Try)など他のワークにも大きな影響を与えています。

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https://www.jmac.co.jp/glossary/2021/09/ywt.html から引用

弊チーム状況に対してマッチする良い点は Y(やったこと)が具体的で出しやすい点でした。K(Keep したい)ことは抽象度が高くて特に English native ではない日本人チームではそのニュアンスが掴みづらい側面がありますが、「やったこと」は何を話していいのかわかりやすいというメリットがあります。よって、出来事ベースで話しやすい場を作るためのワークには適しています。

一方でチーム内でこのワークを検討した際に、「こんなもやもやがあった」とか「こういう点がわかってよかった」といった、お気持ちを話す余地が少ない点 が懸念となりました。

YOT

YOT は YWT をフォークして前述したお気持ちを話す余地が生まれるように調整したものです。

  • Y: やったこと
  • O: おもったこと
  • T: 次にやること

YWT の W(わかったこと)は日本能率協会コンサルティングの説明では次のような狙いがあります。

W(わかったこと)は、一人ひとりの気づきや学びであり、個性の表れである。同じことに遭遇しても、人によって気づきはさまざまである。それぞれの人生経験、価値観や感性の違いから、現実に認識や体感の味わい方もひとそれぞれである。一人ひとりの気づきや自分が感じたことを自覚して表に出すことで、内省を深め自らを変えていく思いを強めることができる。

W(わかったこと)を振り返ることで自分が得た学び、気づき、教訓といったポジティブな面を見つけることができる一方で、ネガティブな点、ニュートラルなお気持ちについて吐き出しにくい側面があります。

ちょっとしたもやもやだったり、大変だったなぁ〜って思ったことなど、ポジティブなこともネガティブなことも両方含めて共有できる場になるのではないかという議論の結果、O(おもったこと)としています。

進め方

弊チームで行っているワークの流れは以下です。

  1. n 分間 Y(やったこと)、O(思ったこと)、T(次にやること)を書き出してもらう
    • Y -> O -> T と順番に区切ってやる進行方向もありますが、オンラインでは Miro などのコラボレーションツール上で、他の人が書いてる内容を現在進行系で見れるため YOT すべて書く時間にしています
  2. 残りの時間で書いたことの共有、深堀り、対話
    • 進行方向として人数次第で複数のパターンが観測されています
    • 人数が 6、7 人以内くらいであれば一人ずつターンを分けて話してもらう
    • ひとりひとりガッツリ時間を使えなそうであればグルーピング、ファシリテーターがランダムにピックアップ

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実際に Miro で行った YOT ボード(中身の文章はすべてマスクしています)

YOTの評価

振り返りを積み上げて自分たちのプラクティスとして昇華•体得していくための仕組みと考え方』で紹介した「プラクティスの種投票ゲーム」も行い YOT 自体の今後の活用について議論しました。

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「プラクティスの種ゲーム」で YOT 自体を振り返った結果
今週良かったことも悪かったこともなんも思いつかないときにも書けるのがいい」という声が YOT 自体の振り返りであがったので、「話題が上げづらい」という課題は当ワークによって解消できました。

また、当ワークは BASE の他チームでも活用されていて、そこでも同様の評価が得られました。

  • 同僚の Y さんの声

YOT チームのふりかえりで使わせていただきました!! 「思ったこと」へお気持ちを書きやすく、良い雰囲気でふりかえりができました!

何回か使ってみたけどふわっとした思いが書きやすかったという所感です

一方で、改善点を見つけてフィードバックループを回していくことをゴールにするともうひと工夫必要、という課題も確認されました。振り返りの中では、「書きやすくはなった一方で、共有の意味合いが大きくなったため、課題からのアクションアイテムの発掘が難しそう」という声が上がりました。

たとえば KPT であれば Problem を書くので、わかりやすく問題が振り返りの調理場に並ぶため、その場での深堀りの入り口が見えやすいです。一方で、YOT の場合は出来事やお気持ちなどの一次情報が列挙される形になります。そのため、次のアクションを見つけようとすると、それらを深ぼっていく「深堀り力」が対話の中でより求められます。

BASE BANK チームではこの性質に対して振り返りの主目的を週毎に切り替えることで YOT で確認された共有しやすさを普段のプロダクト開発のリズムに取り入れています。

  • 2 週間 Sprint の最終日:「フィードバックループを回す」ことに主眼
    • それぞれのスクラムチーム(各 5、6 人)で行う
    • KPT, YOT その他場に応じて
  • 2 週間 Sprint の真ん中:「BASE BANK チーム全体のコミュニケーションとしてそれぞれの状況を共有する」ことに主眼
    • BASE BANK チーム全員(12 人程度)で行う
    • 共有しやすさ、話しやすさを重視したワーク -> YOT を活用する

その他検討した振り返りワーク

以上が弊チームで行っている YOT の説明でした。おまけ情報として「話題が上げづらい」という課題のソリューションとして検討したその他の振り返りワークもご紹介します。

Activity: Timeline

Timeline は『アジャイルレトロスペクティブズ 強いチームを育てる「ふりかえり」の手引き』という書籍の中で紹介されている振り返りワークの一つです。当書籍から説明を引用します。

長期のイテレーション、リリース、プロジェクトのレトロスペクティブで、データを収集するために使用する。 目的作業のインクリメントで何が起こったのかを思い出す。多くの観点を基にして、作業の全体像を作り上げる。誰がいつ何を行ったかという前提を調査する。パターンやエネルギーレベルがいつ変わったのかを調べる。「事実のみ」あるいは「事実と感情」をデータに使う。

当ワークは次のような流れで進んでいきます。

  • グループメンバーが、イテレーション、リリース、プロジェクトで起きた、記憶に残ったり、個人的に意味があったり、そうでなくても重要だったりするイベントをカードに書く
  • それらを(大まかに)時間順に並べる
  • イテレーション、リリース、プロジェクト中に起きたイベントをチームで議論

このワークで「個人的に意味があったり、そうでなくても重要だったりするイベント」もスコープに含めて、チームで議論するワークなので出来事ベースで振り返るワークとしてはマッチする点がありました。

使用用途としては長期の時間軸なので、隔週ペースくらいの振り返りで使う場合は「1、2 週間のなかでプロジェクトで起きた、記憶に残ったり、個人的に意味があったり、そうでなくても重要だったりするイベント」をタイムライン上で埋めてみる、というワークの実施方法はありそうだとおもいました。

日本国内の事例だと freee さんが Timeline を振り返りワークとして活用したことを紹介しています。

ただ、中長期のプロジェクトの振り返りのほうが本来のワークの目的にも近いのだろう、ということで今回の課題に対するソリューションとしては採用していません。

Fun/Done(Deliver)/Learn

Fun/Done(Deliver)/Learnはこれまた KPT や YWT の改善として提示された日本出自のワークです。

qiita.com

BASE 内にも FDL を振り返りワークとして実践してみたチームがあります。「楽しさ」にフォーカスした手法で、前向きに議論しやすいため、多くのチームで活用されていることを観測しています。

弊チームではありがたいことに、比較的前向きな対話の雰囲気のなかで振り返りがやれている(主観ですが)ことが多いのでまだ活用していませんが、振り返りワークの引き出しを広げると意味でも使ってみると面白いかもしれません。

Win/Learn/Try

Win/Learn/Tryは mercari の wako さんが紹介したワークです。

engineering.mercari.com

当記事内の説明にある通り、KPT や Fun/Done/Learn からエッセンスを抽出したものなようです。

そこで今まで経験したKPTやFun/Done/Learnからエッセンスを抽出してWin/Learn/Tryを考えつきました

筆者個人的な理解としては、ポイント語彙をポジティブにすることでよりポジティブな切り口が重視する狙いを込めたワークフォーマットだと認識しています。「どういうワークがチームにとって良いだろうか」と試行錯誤した身としては課題としてあげられている点に共感しました。

  1. Winはポジティブな気持ちになれ、かつ分かりやすい切り口ではあるものの、個別の具体例が列挙されるため、Tryへ昇華するタイミングで深堀り等の工夫が必要
  2. LearnはWinとは逆に、起きた事象をどう学びに抽象化するかが必要なのでアイディアを出すタイミングでのハードルが少し高い
  3. Win/Learn/Try固有の問題ではないが、同じフレームワークを使っていると課題発見の切り口が同じになり、飽き/賞味期限がくるのでフレームワークのアップデートは常に必要

特に 1 と 2 の課題は前述した YOT の課題と類似していますね。振り返りワークを評価/調整/作成する際の 1 つの設計考慮点として次の点が重要です。

  • 参加者に、話題に上げるまでに必要な抽象化の労力を、どこまで求めるか

たとえば Win/Learn/Try では、Win は個別な具体例を書けば良いのでそこまで抽象化することを考えなくて良くて、逆に Learn は「学びってなんだろう?」と参加者各々に抽象化する労力を一定求めるゆえアイデア出しのハードルが高くなります。

「話題が上げづらい」という課題に対するソリューションを考える際に、この考慮点にどうバランスを取るかは難しいポイントだったので、勝手ながらとても涙ぐましい共感をしております。

おわりに

今回は弊チームで作成、活用している YOT をご紹介しました。YWT を超絶リスペクトした上で、より自分たちに合わせた形で調整したのが始まりだったのですが、社内外関わらず他チームに興味を持って実践いただいてます。当ブログエントリが公開されることによってインターネットで検索した際に一次情報にたどり着けようになるので、今回はじめて目に触れた方々も安心してお使いいただければと思います。

冒頭に紹介したとおり「発言量が少なくてうまく場が盛り上がらない」というのは、あるあるな悩みですよね。そんなときに YOT は場を活性化させるのにうまくハマるかもしれません。悩める振り返りリーダーの課題に寄り添うソリューションとなれば幸いです。